2004年01月04日

週刊プラネテス#11 「バウンダリー・ライン」

 この「バウンダリー・ライン」は、文字通り「境界線」の物語として描かれています。つまりはハチマキ、タナベ、チェンシン、リュシー、クレア達の境界線と、「世界標準」という境界線に挑むエルタリカ・テクニカの人々、そして、文字通りの国境のそれです。

 「恋愛もよう」に関しては、これは各話のテーマと関連づけさせながら進めているのがこのアニメ版プラネテスなのですが、その境界線に喘ぐ人々のお話で、個人的にはとても面白い。この「恋愛もよう」の中で、個人的に好きなキャラクターはリュシーでして、あの企み満載の癖のある笑顔は、今後もこの物語に相当の影響を持ってきそうで今から楽しみ。お互いの立場とそれまでの時間という「境界線」に雁字搦めにされている人=ハチマキと、そのハチマキの境界線に自らの場所を見いだせないタナベ、それがあると知っているのにないフリをして振る舞うリュシー、根本的に鈍いチェンシン、そして、今回の主役でもある、前を見上げ続けるだけの、クレアです。彼らは、この物語の中で、何も結論を出すことはできませんでした。
 ところで、ハチマキとクレアが別れる原因となった「父親の件」って、きっとゴローさんですよね。ハチマキはコネ入社だったとか、そういう話とか。

 もう一つの境界線は、「エルタニカ・テクニカの世界標準への挑戦」です。彼らはこの命題に挑戦し、技術の粋を集めて「世界標準」という境界線を乗り越えていったのです。つまり、彼らは宇宙技術に於いては、世界と同じ場所に、しかも既存のアプローチとは全く違う場所から駆け上がり、アイディアで辿り着いたと云うことです。彼らは世界と同じ位置に辿り着いているのです。

 しかし、国境線を乗り越え連合軍がエルタニカに侵入し、世界標準の宇宙服を開発したエルタニカ・テクニカの工場を戦車砲で破壊します。宇宙から見上げれば何一つ引かれている線はなく、見えるのはただ懐かしい湖だけなのに、その線があるせいで彼らは貧困であり、クレアは亡命しアメリカから宇宙に駆け上がり、テマラは中国からエルタニカに渡り、産業を興すために宇宙事業への参画を企むわけです。そしてそれが破壊されたのも、国境線という恣意的なものがあるから以外になく、彼は諦め、ハキムに自ら投降しました。

 境界線に違和感を感じる者と、境界線を打ち破ってやろうとする者との対決こそが、だからこの「バウンダリー・ライン」という物語であり、総てのエピソードはこの「境界線」という言葉の元へ向かっている、しかもエンディングに安易な「救い」を置かないというポイントでも、このお話は、素晴らしいの一言でした。
 また小道具が上手すぎなんですよ、このお話。宇宙で挑むテマラの無菌的な光景の向こうにある、熱帯雨林の中で銃を構えた兵士達と一緒に開発を続けるエルタニカ・テクニカの面々、PKOカラーの戦車と、弾丸の直撃を喰らって吹っ飛ぶ兵士・・・このコントラスト、見事すぎです。

 また、今回のキャラクターの積み上げも渋い。ハキムやフィーの細かい表情は観ていて楽しい。ユーリがちょっと明るくなっているのも高ポイント。今回のエピソード、たぶん、今後に強く繋がっていきますよ。宇宙防衛戦線とか。

 今週のエーデルさん。彼女のブロンドが観れなくて寂しいです。

Posted by mondo at 2004年01月04日 22:50 | TrackBack
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